開眼供養とは

開眼供養

開眼供養とは仏像に魂を入れる儀式のことで、歴史上の文献に残る有名な開眼供養は聖武上皇によって開催された東大寺毘盧遮那仏の開眼供養で、天平勝宝4年(752年)4月9日に唐僧の菩提僊那(ぼだいせんな)によって開眼され、開眼の筆には五色の長い布を付けて集まった人々に持たせて利益が行きわたるようにした話が有名です。

仏像の他には仏壇、位牌、掛け軸、神像、神棚、お墓なども魂を入れる開眼供養をしますが、開眼供養は僧侶にしてもらうのが通例です。

開眼供養を僧侶にしてもらう理由は開眼供養の作法が宗派によって決まっていて、法事やお葬式、墓前読経などの作法全般を僧侶がこなしているからです。

開眼供養について詳しく書いています…開眼供養とは

年忌法要早見表

年忌法要早見表

亡き人の供養をするのに何回忌の法要を何時すれば良いのかが分かる早見表はとても便利です。

高野山真言宗やすらか庵で作成した年忌法要早見表は分かり易くて好評です。

高野山真言宗やすらか庵の年忌法要早見表エンター

法事というものは寺院などの誰かに押し付けられてするものでは無くて、自主的にするから供養になるのであり、亡き人に対して何かして差し上げたいという気持ちこそが大切なのです。

法事には寺院の本堂で行う上げ法事、ホールを借りて行う法事、自宅で行う法事などがあり、その時の規模や来られる人数などを考慮して決めます。

供養が大切

供養が大切

供養とは神仏、亡き人などの目に見えない相手に対して感謝の気持ちを表し、感謝の気持ちを手向けることであり、感謝の気持ちは誰かに押し付けられるようなものではなくて、自分の心の中から自然に出て来るものです。

法事などの先祖供養にしても寺院の方から案内のハガキが来たからと法事を申し込むのではなくて、本来はいつも守って頂いてありがとうと、自分の心の中にある感謝の気持ちから出てくるものなのです。

散骨供養にしても然り、本来はお墓に納骨してゆっくり眠って頂くのが世の中の流れであり、皆が選ぶ選択肢なのですが、お墓に入れなくて御免なさいね、でも読経付の散骨供養にしてもらいましたから、私も後から行きますから、という気持ちでお見送りすれば亡き人も納得して頂けます。

行く所は皆同じ、皆平等という思いがあれば誰もが納得するのです。

亡き人をもっと身近に

位牌と戒名

位牌とは戒名が刻まれた木の御札のことですが、これは亡き人との交流に是非とも必要で、亡き人が天から降りて来る「依り代」としての機能があるからなのです。

神仏や先祖の魂が自然の中に宿るという信仰は私達の祖先から受け継いできた土着の信仰であり、私達の祖先は山川草木悉皆成仏と言って、山にも川にも草木にも仏が宿るということを体で感じ、大自然から食べ物などの恩恵を受けるためには欲張りすぎない事、そして自然に感謝する事を実践してきました。

私達は死んでもまた生まれ変わって来ると信じ、位牌に降りて来た先祖をもてなし、大切にしてきたのです。

位牌は今の形になって定着していますが、木の札などでも構いません。

亡き人を身近に感じていたいと思ったら位牌を作ることをおすすめいたします。

高野山真言宗やすらか庵では信士、信女の戒名を付けて3寸の位牌を作り、開眼供養をしてお送りして3万円という戒名付き位牌の企画を続けていますので是非ご利用くださいませ。

散骨供養とは

東京湾代行散骨

高野山真言宗やすらか庵では散骨供養を実施しています。普通の散骨とどう違うかですが、巷の散骨業者による散骨は遺骨を粉骨して散布する散骨であり、大自然に還るという目的は達成できるものの、亡き人の供養にまで踏み込んでいないのです。

亡き人をあの世に送り届ける事が葬送の儀であり、散骨もまた葬送の儀であるのですから、供養と言う要素が無いと亡き人は迷うということになるのです。

祖霊供養実施しました

祖霊供養

8月14日午後6時より高野山真言宗やすらか庵お焚き上げ場にて祖霊供養を実施いたしました。祖霊供養とは、無縁になって帰る場所が無くなった精霊に対して読経供養して差し上げることです。

近年では後継者が居ないなどの理由で無縁になってしまった精霊が続出しています。目に見えない世界での話ではありますが、私達の世界と密接に繋がっているのです。

こういうことは誰か行う人が必要で、それは使命を感じた者が行うのですが、全ての魂のために祈ることは大切な事で御座います。

戒名を付けて位牌まで作ってくれて3万円

戒名-位牌

高野山真言宗やすらか庵では、戒名を付けて位牌を作り、開眼供養までしてくれて送料込みで3万円で全ての事をやってくれます。

一般の寺院では戒名を付けてもらうだけでも数十万円もかかることが多く、その戒名料にしても納得のいく説明が無いことから、近年では戒名不要という方が増えて参りました。

それでも亡き人を偲んだり手を合わせるには、位牌の役割がとても重要であり、可能であれば納得のいく戒名をつけてもらって安価な料金であれば有難いのです。

高野山真言宗やすらか庵では戒名を付ける時にも予め戒名の案を提示してくれますので、もし自分の要望があれば極力採用してくれるという点もとても有難いものです。

法事の供養

法事の供養

法事というものは、亡き人の供養のことで、1周忌や3回忌などの節目の時に読経して亡き人に功徳を届けるというものです。

高野山真言宗やすらか庵では、法事も出来ますし、皆様のお宅にお伺いすることも可能です。お伺いする場合には、交通費無料で東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城にお伺いし、交通費無料の地域が決まっていますので、予めお問い合わせください。

交通費無料の地域ではなくても、交通費実費でお伺いいたしますので、お問い合わせくださいませ。

私達は亡き人からの力を頂いて生きております、幸せに、そして活き活きと生きていくためには、是非ともご先祖様の力が必要です。法事はご先祖様に感謝すると共に、これからもまた守って頂けます様、お願いする大切な供養なのです。

無縁仏とは

無縁仏

無縁仏とはお参りする人のいなくなってしまったお墓のことで、

管理する人がいないので、荒れ放題になってしまいますし、

草木が生えて隣近所のお墓の所有者に迷惑になることもあります。

何よりもお墓の中のご先祖様が一番心苦しい思いをするのではないでしょうか。

子孫長久を願って造ったお墓も、子孫の者がお参りしている内は幸せですが、

誰も参ることの無くなったお墓は、

ご先祖様にとって永遠の苦しみとなるのです。

墓じまいという方法があります、やむを得ない方法ですが、

生きている者とご先祖様の両方が納得できる方法なのです。

喉仏供養

喉仏供養

喉仏供養とは、全てのお遺骨の魂を喉仏だけに移し替えて、

その喉仏を粉骨して御守袋に入れて開眼供養し、

お守り袋のお遺骨をいつまでも大切にして頂こうと

はじめたものです。

お遺骨はたくさんあると、お墓に納骨する必要が出てきたり、

お家に安置していても、大きくて存在感が負担になるものです。

その威圧感の負担を無くし、たとえ後継者がいなくても

いつまでもお遺骨を大切に出来るのが喉仏供養なのです。